ショートストーリー


 硝煙の臭い。油の臭い。そして死の臭い。

 そういったものは一度染み付いてしまうとそうやすやすとは取れない。しかも我々のような戦う事でしか生きがいを見出せない連中にとっては。

 戦いの直前の控え室は薄暗く、彼と彼の愛機が静かに呼び出しを待っている。スタジアムから地鳴りのように響く歓声。重い塊がぶつかり合う鈍い音。それらは何故か不思議とシュトラール軍の重砲の弾着音に似ていた。オバケみたいな重ロケット自走砲から撃ち出されるロケット弾。塹壕の中で愛機に包まれ、じっと粘り強く待ち続ける。命中弾がない限り、塹壕に伏せていれば死ぬことはない。それは恐怖よりもむしろ静寂だった。

丁度今もそんな感じなのかもしれない。

 重砲の嵐が終わった。ひときわ大きな歓声の後、アナウンスがロイ「ザ・ビッグパパ」サザランドが勝利したことを告げていた。そして新人であるジェンキンスの死亡も告げていた。ここではリングネームも付かないまま去っていくものがいくらでもいる。ただ去る先がどこかで彼のその後の運命は決まる。町のモルグか、運がよければ病院かだ。ロイの奴、手加減しなかったな。

 「出番だぜ大尉」
 「階級で呼ぶな。今は只の道化さ」

 愛機に乗り込み、エンジンを始動させる。軍の放出品とはいえまともなパーツで整備出来ないのでときたま機嫌が悪くなる。今日は比較的上機嫌なようだな。
 その時、クレーン車に引きずられるようにジェンキンスの機体が控え室に引き込まれた。外見上無改造に近い機体は至るところ傷だらけで右腕がなくなり、ハッチが外れていた。死んだ連中はいくらでも見てきたが、そんなものは慣れる事は出来ない。気分が良くなるわけでもない。ジェンキンスが死んでいるのはハッチから滴るオイルに混じった血で判る。じゃあもういいじゃないか。それ以上見ない事にして出口へ向かう。場内アナウンスが彼の名前を呼んでいた。

 「よし行こう」

 出口の脇に立てかけてあった巨大な戦斧を握る。光の渦。溢れんばかりの歓喜。障害物のないフィールド。高さ5メートルはあろうかという金網。何千という観客達。そんな舞台装置。そしてその舞台の真中で彼を待つ機体。右腕が真っ赤に染め上げられ、全身過度なデコレーションを施された装甲スーツ。

 そこはコロッセオ。戦いを忘れる事の出来ない人達の生きる場所。


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